基礎ゲンゴロウ学

ゲンゴロウの自然史

生息環境

止水

ゲンゴロウの生息地といえば単純に池が連想されるが、一般的に深い池より浅い池の方が個体数も種数も多い。ある程度の深さがある池では小型種は浅いところ、極端にいえば岸付近にしか見られない。その意味で遠浅の池が好まれる。

深い池が避けられる理由としては、そうした池には捕食天敵の大型魚類がしばしば生息していることが考えられる。また、ゲンゴロウは基本的に空気交換のために水面に浮上しなければならないが、深い池の場合長い距離を浮上するロスとその間姿をさらす危険を伴うことも重要だろう。ただし水深の深い場所は十分な調査が行われていないだけで、そうした場所に適応、特化した種が生息する可能性が無いとはいえない。

池
水生植物の豊かな池

池の地形が同様ならある程度豊かな植生のある方が一般的に好まれる。植生は姿を隠す場となり、空気交換時には水面近くでの足場となり、また産卵基質としても利用できる。植生が豊かになると微環境も多様になり、それに伴い餌になるような水生昆虫や甲殻類なども多くなる。

いいことずくめのようだが、植生が密生し遊泳が困難なほどになるとやはりゲンゴロウ類の生息には適さなくなるようでほとんど見られなくなる。なお、メススジゲンゴロウは植性の無い池にもしばしば見られるが、植生豊かな池にも同様に生息し、植生の有無に選り好みが無いだけのようにみえる。これは陸上に産卵する習性が関連しているかもしれない。

恒常的な池に対して一時的、不安定な池、水たまりを好む種もある。

国内で見られるセスジゲンゴロウ属の種は雨や河川の増水でできた数日から1週間程度で涸れてしまう水域でよく見られる。このような環境に生息する動物は限られ、捕食天敵を避けるための適応と考えられる。

また、積雪の多い地域では春の雪解けに伴い湛水し、夏以降は涸れる融雪プールに依存するグループがあり、国内では確認されていないもののオオクロマメゲンゴロウはこうした環境に適応した種らしい ( James 1970 ) 。

流水

池や湿地、水たまりといった止水に対し、河川や渓流などの流水を主な生活の場とするゲンゴロウも多い。といっても強い流れのあるところで見られることはあまりなく、本流なら岸辺の石や草つきで流れがゆるくなった所や、入り江になって落ち葉のたまったような場所、流れから切り離された川原の水たまりなどに多く生息している。こうした環境の物理、化学的共通点は貧栄養、水温は低めで変化が少ない、溶存酸素が多い、流速は弱いかほとんど無い、などだろう。似た環境として貧栄養湖の波打ち際があるが、海外では実際にこうした場所にシマチビゲンゴロウ属やコガタノシマチビゲンゴロウ属といった流水性ゲンゴロウが見られるらしい。

しかし実際のところ止水性、流水性ゲンゴロウの棲み分けが何に起因しているのかは明瞭ではない。例として、サワダマメゲンゴロウは渓流ともいえるほどの上流域のみで見られるが、同属のキベリマメゲンゴロウは中下流域を生活の場としている。後者はより富栄養で溶存酸素が少なく、水温も高めの環境を好んでいるように見えるが、言い換えればより止水的な環境ともいえる。しかしキベリマメゲンゴロウが止水で得られることはまず無く、なぜ流水域に好んで棲むのかはっきりしない。

塩性環境

昆虫類全般と同様に完全な海中を生活の場にするゲンゴロウは知られていないが、海岸の潮溜まりにはしばしばチャイロチビゲンゴロウやハイイロゲンゴロウが見られる。チャイロチビゲンゴロウは海岸沿いでしか見られず、よく飛翔する種にもかかわらず内陸に分布を拡大する様子がない。あるいは卵や幼虫のどこかの時期にある程度の塩分濃度が必要なのかもしれない。ハイイロゲンゴロウは海表の流れ藻中から見つかった例がある ( 芝 1998 ) が、単独だったので飛翔か流されたかによる偶然と思われる。ただし完全な海水中でもしばらくは生存可能なのは確からしい。

一方、ヨーロッパの Nebrioporus ceresyi (Aubé, 1838)N. baeticus (Schaum, 1864) や北米の Hygrotus salinarius (Wallis, 1924) などは海水より高い塩分濃度の陸水に見られ、明らかな好塩性種である。こうした高い耐塩性を獲得できるにもかかわらず完全な海生種がいないのは昆虫類にとっての海の壁の高さを示すのだろう。

酸性環境

火山性酸栄養湖や同様の河川、あるいは腐植栄養湖といった酸性の水域が存在するが、酸栄養湖沼に好んで生息するゲンゴロウ類がいるのかははっきりしない。一般的に酸性になればなるほど生息する生物が限られ生物相が単純になるが、成虫は落下昆虫にある程度頼れるし、火山性酸栄養湖にはそうした環境を好むユスリカがいるので、捕食者である幼虫もとりあえずエサに困ることはないかもしれない。

国内では火山性酸栄養湖の青森県宇曽利湖に流水性とされるシマチビゲンゴロウが生息するのが有名だが、他の火山性酸栄養湖でもしばしばシマチビゲンゴロウ属が見られ因果関係が暗示される。ただしこの属は北欧などでは貧栄養湖の波打ち際にも一般的に見られるようで、単なる偶然とも考えられる。

腐植栄養湖は湿原の池塘などだが、国内ではこの環境にはほとんどゲンゴロウ類は見られない。ヨーロッパや北米北部では同様の湖沼(bog と呼ばれる)はもっと身近に一般的にあり、そのためかこうした環境に出現する種についての記述もよく見かけるが、多くの場合調和型湖沼にも共通して現れるようで、本当に好んで、あるいは何らかの適応をして生息しているのかは不明。

北米カリフォルニアにポドゾル土壌に由来した冬から春に湛水する季節的な池があり、ポドゾルの特性で比較的強い酸性(pH3.7~5.7)になるという。この環境に Sanfilippodytes* Franciscolo, 1979 の特定の3種が生息し他地では見られないようで興味深い ( Post 2010 ) 。

*Sanfilippodytes:ケシゲンゴロウ亜科。北米から中米に25種が知られる。

湿潤区・湿岩

湿岩
典型的な湿岩環境

湧水でぬれている崖や、急流のしぶきを受ける岩など「基盤が岩で、うすい水被膜で被われている」環境を湿潤区や湿岩といい( 古谷 1974 )鉛直に近いものから水平に近いものまでそれぞれに独特の生物相が見られる。ただし統一した定義は無いようで、鉛直に近く岩盤が露出しているという狭義のものから、傾斜は問わず、泥やコケ類に被われたものも含む広義のものまで様々な解釈が混在している。感覚的には、湿岩 (hygropetric) という場合は岩盤が露出したもののみ、湿潤区 (madicolous) は被覆物がある場合も含むという印象もあるが、実際には同義のように使われている。

海外ではこうした環境に適応したゲンゴロウも見つかっていて、ゲンゴロウ科ではマメゲンゴロウ亜科、ケシゲンゴロウ亜科、ツブゲンゴロウ亜科に属する体長10mm以下のいくつかの種、グループに見られる。また Aspidytidae の英名 cliff water beetles はこうした生息環境に由来する。

今のところ国内ではこのようなゲンゴロウの報告は無いが、コクロマメゲンゴロウは時に法面から浸みだし林道上を流れるごく浅い水流に見られ、湿潤区を広義にとらえればこの種も湿潤区種といえるかもしれない。

ファイトテルマータ

植物の葉腋、樹洞、竹の節間、落ち葉の上、食虫植物の捕虫袋など植物体にたまった小水域。カの発生源としてよく知られるが、こうした環境に特化して繁殖するトンボやカエルもいて、日本でもキイロハラビロトンボやアイフィンガーガエルが知られる。ゲンゴロウ類ではあまり多くの例は知られていないが、中南米でいくつかの属の報告がある。

パイナップル科(Bromeliaceae)の着生種にロゼット葉が漏斗状になり雨露をため、そこから水分、栄養分を吸収するグループがあり俗にタンクブロメリアと呼ばれている。このタンクに依存した生活史を持つ多くの昆虫やカエル類が知られているがゲンゴロウ類でもセスジゲンゴロウ属と Desmopachria* Babington, 1842 が記録されている ( Balke et al. 2008 , Frank and Lounibos 2009 )。セスジゲンゴロウ属の種は6種あり、周辺の地上水域からは全く得られず完全にタンクブロメリアに依存しているらしい。また分子系統が調べられ、その起源がタンクブロメリアのそれと同時期になるという ( Balke et al. 2008 )。

アルゼンチンの温帯ではセリ科の Eryngium の葉腋からセスジゲンゴロウ属と Liodessus** Guignot, 1939 が見つかっている( Campos and Fernández 2011 )。

他地域でも温暖多雨で植物の多様性が高いという条件を満たせばこうしたゲンゴロウが見つかる可能性はあるだろう。

*Desmopachria:新大陸のケシゲンゴロウ亜科。ケシゲンゴロウ属に似た体型でより小型。

**Liodessus:ケシゲンゴロウ亜科。分類的な問題があるが、現在の所属種は主に南北アメリカとアフリカの一部に分布。

地下水

国内からもメクラゲンゴロウ属、ムカシゲンゴロウ属が1950年代から知られていたが、1990年代にメクラケシゲンゴロウが新属として記載された。いずれも汲み上げた地下水から発見されている。世界的には20世紀初頭に南フランスから記載された Siettitia balsetensis Abeille de Perrin, 1904 が最初の地下水性ゲンゴロウになる。その後世界の熱帯から温帯のあちこちから点々と発見されていったが、1990年代の終わりから2000年代にかけてオーストラリアの主に西部から約100種が記載 ( Watts and Humphreys 2009 など) され、地下水性ゲンゴロウの知見は飛躍的に高まった。

この環境から知られているのはゲンゴロウ科ではケシゲンゴロウ亜科のものだけだったが、今世紀に入ってからセスジゲンゴロウ亜科の種がオーストラリアとブラジルから見つかっている ( Balke et al. 2004 , Watts and Humphreys 2009 , Caetano et al. 2013 ) 。

コツブゲンゴロウ科では日本固有のムカシゲンゴロウ属が唯一であったが、インドネシアの洞窟から Speonoterus bedosae Spangler, 1996 が記載された。

川とその周辺の地下には構成する礫などの隙間に浸透した水流があり、河床間隙水域 (hyporheic zone) という。この環境は最近になって河川の撹乱(洪水、渇水)時に河川生物の避難場所になっている可能性から注目されている。ゲンゴロウ類でもイタリアのポー川での実験で Agabus paludosus (Fabricius, 1801) が渇水時に地下 70~90cm から確認され ( Fenoglio et al. 2006 ) 、 北野・佐野 (2015) は奄美群島の加計呂麻島のこの環境からホソコツブゲンゴロウを採集している。

地下水性ゲンゴロウの起源ははっきりしていないが、こうした間隙水環境に入り込んだものから派生した可能性が有力で ( 佐藤 1980 ) 、実際オーストラリアやトルコからは複眼の縮小、色素の減少など形質的にも地下環境に適応が始まっている種が発見されている ( Leys et al. 2010 , Hernando et al. 2012 ) 。 また、完全な地下水性種の特徴を持つハイバラムカシゲンゴロウは井戸から汲み上げられた水から見つかったものだが、その井戸は大井川河口から近く、水源の帯水層は大井川の河床間隙水域とつながっているか、あるいはそのものとも考えられる。

陸生

ゲンゴロウといえば水生昆虫でここまで書いてきた環境も全て水中あるいはその周辺だが、世界から知られる4000種以上のゲンゴロウの中で陸生とされる種が5種記載されている。

全てケシゲンゴロウ亜科。なお Paroster の2種は Terradessus Watts, 1982 として記載されたが Toussaint et al. (2016b) による分子系統解析によって多くの地下水性種が知られる Paroster Sharp, 1882 のシノニムとされている。

ニュージーランドに未記載種がいるともいう。

生態面はほぼ不明。いずれも体長1.3~1.6mmほどの微小種で、遊泳毛を持たず、高標高の多雨林で湿った落ち葉の下から見つかる。

Geodessus には発達した複眼があるが、他の3種は退化している。 Geodessus については流水中からも採集されていて真性の陸生種ではない可能性もある。また、Typhlodessus は脱色素も進んでいて地下浅層が本来の生息環境かもしれない。

いずれの種も幼虫は知られておらず、成虫同様に陸生なのかは注目される。

世界的に知られる陸生ゲンゴロウといえば上記の5種だが、国内にもそれらしき種がいる。

田中 (2001) によると、ナチセスジゲンゴロウの典型的な生息地は杉林林床にあるイノシシのぬた場周辺で、水がたまっているのは雨後数日だけ、通常は湿っている程度の場所の落ち葉や小石の下などに見られるという。国内のセスジゲンゴロウ属は一般に河川敷の水たまりなど常時水があるわけではない不安定な環境を好むとされ、渇水時には飛翔しての移動も考えられるものの、そのまま留まって落ち葉の下などに見られる例が報告されている ( 渡部・加藤 2017 など )。このナチセスジゲンゴロウの場合も同様にも思えるが、注目されるのは同所的にある水たまり中には少数しか見られず、どうやら上記のような湿った程度の環境を選好しているらしい点である。

現在までの知見では雨が降れば水がたまる場所、少なくともその周辺からのみ採集されているようだが、成虫期の大部分を水中から離れて過ごしているのは間違いないように思える。その状態で繁殖や採餌などの活動をしているのか、あるいは休眠しているのかが重要だろう。

最近になって Ranarilalatiana and Bergsten (2019) はマダガスカルからセスジゲンゴロウ属と Madaglymbus* Shaverdo & Balke, 2008 の6種を湿潤林の水の無い窪地から見いだし新種として記載した。いずれも各肢の遊泳毛は水生種と変わらず、大雨が降った時だけ水がたまるような環境で水のない期間の陸上生活に対する耐性を具えたものだろうとして、陸生や準陸生と断定することは避けつつもその移行段階の可能性を指摘している。

論文中の観察期間が短いので明確にはいえないがどうやらこれらの種はナチセスジゲンゴロウと同様の生態をもっていそうで、いずれもセスジゲンゴロウ亜科なのは興味深い。

*Madaglymbus:セスジゲンゴロウ亜科。マダガスカルとコモロ諸島から15種が知られる。