基礎ゲンゴロウ学

ゲンゴロウの自然史

食性

以前から知られる 4科は成虫、幼虫ともに肉食とされるが、発見から日が浅い Meruidae は不明、Aspidytidae は恐らく肉食としかわかっていない。

成虫

成虫の摂食習性は科による差はあまりないと思われるが、ゲンゴロウ科以外の情報は少ない。

ゲンゴロウ科成虫は一般に生きている獲物を捕食することはあまりせず、死骸を摂食する屍肉食の傾向が強いといわれる。一方、 Ohba and Takagi (2010) によると実験室環境においてコガタアカイエカ 4齢幼虫が小型種から大型種まで含むゲンゴロウ類成虫に例外なく捕食され、特にハイイロゲンゴロウのメスは 24時間に最大 250頭ほども捕食するという高い捕食能力が認められた。しかし同時に捕食率は中型種(ハイイロゲンゴロウやクロズマメゲンゴロウ等)で極めて高いのに対して小型種や大型種では相対的に低く、恐らく体サイズに合わない獲物は効率的に捕獲できない、もしくは捕食対象として認識されないのだろう。ハイイロゲンゴロウがクルクルと高速で泳ぎ回る姿はよく見かけるが確かに獲物を探しているようにも見え、自然状態でも好んでボウフラを捕食しているのかもしれない。

実際に野外においてゲンゴロウ類が生きている獲物を捕らえる様子を見ていると、狙いを定めてというわけではなく、徘徊中にたまたま行き当たった相手を前中肢で抱え込み大顎で噛み付く、言ってみれば行き当たりばったり型といえる。ただし最近になってナガケシゲンゴロウ Hydroporus uenoi が捕獲姿勢をとってケンミジンコ類を待ち伏せ捕食することが報告されている( 安池 2017 )。

捕獲姿勢をとるナガケシゲンゴロウ
捕獲姿勢をとり待ち伏せ中のナガケシゲンゴロウ
水面でエサを探すゲンゴロウ
水面でエサを探すゲンゴロウ

あまり注意されていないが水面に落ちて死んでいる虫をかなり積極的に利用していて、頭部を上にして水面をなめるように可食物を探す。その際、浮いている植物片にも反応して一度抱え込んでから離す様子から、においで探しているのではないことがわかる。

マルガタゲンゴロウの集団摂食
ヤンマの幼虫の死骸に群れるマルガタゲンゴロウ

このようにして獲物にありつくと強力な大顎で齧りつき小さな獲物なら瞬く間に食い尽くしてしまう。一方大きな獲物の場合齧りついている間に流出した肉片等のにおい物質に誘引された同胞が集まりだし、時に大きな集団となっているのが見られる。

コツブゲンゴロウ科は食植性の可能性も指摘されていたが、 山川 (1999) は飼育環境下でコツブゲンゴロウ Noterus japonicus がユスリカ幼虫を積極的に襲うなどゲンゴロウ科と変わらない食肉性を確認している。

幼虫

チャイロシマチビゲンゴロウ幼虫
ユスリカ幼虫を捕食するチャイロシマチビゲンゴロウ幼虫

ゲンゴロウ科幼虫は強力な捕食者で、他の水生昆虫や両生類の幼生、ミジンコ類などを捕食し、共食いも見られる。動いて逃げる相手を捕獲するのがうまく、獲物を見つけると一瞬ためを作って次の瞬間に跳びかかり鎌状の大顎で突き刺すようにはさみこむ。この大顎には導管が通っていて消化液を出し、獲物を体外消化してから吸引する。ただしこの導管は全ての種にあるわけではなくセスジゲンゴロウ属と Hydrotrupes* Sharp, 1882 には存在せず、これらの種は成虫同様に獲物を噛み砕いて断片化したものを飲み込むと考えられてきた ( Dettner 2016 など ) 。これに対し、 Watanabe and Hayashi (2019) は飼育下のヤエヤマセスジゲンゴロウ幼虫が自らの体サイズに匹敵するほど大きいユスリカ幼虫を嚙み砕くことなく丸呑みにすることを報告している。こうした丸呑みという摂食様式がセスジゲンゴロウ属幼虫において普遍的なものなのかは現状では不明だが、多くのゲンゴロウ類幼虫に見られる大顎を介した体外消化とは対照的ともいえ、ゲンゴロウ類の系統進化を考える上で重要かもしれない。

ケシゲンゴロウ亜科の幼虫は頭部の前方に突き出した角状突起を持ち、一見してこのグループの幼虫とわかるが、併せて大顎が上方にカーブし上下に可動するという大きな特徴を持つ。他亜科や一般的な昆虫は左右に動く大顎で獲物を挟み込むが、ケシゲンゴロウ亜科の幼虫は角状突起と左右の大顎の 3点で挟むことでミジンコ等の動物性プランクトンを効率よく捕獲できるらしい ( Matta 1983 , Hayashi and Ohba 2018 ) 。

マルガタゲンゴロウ属とメススジゲンゴロウ属の幼虫は水中を浮遊するように泳ぐというゲンゴロウ類では珍しい生態を持っているが、獲物の探索はその浮遊遊泳をしながらで、ミジンコ類、カの幼虫、イトトンボ類幼虫などを見つけると飛びかかって捕食する。

ゲンゴロウ科幼虫は生きている獲物を捕食するのが一般的ではあるが、時に昆虫の溺死体を摂食することもある。

コツブゲンゴロウ科は幼虫の観察例自体が少ないが、肉食で、捕食対象として貧毛類、ユスリカ幼虫、節足動物の死骸などが報告されているという ( Dettner 2016 ) 。

なお、ゲンゴロウ科と異なり基本的に大顎の導管を持たないが、ツヤコツブゲンゴロウ属と Hydrocanthus** Say, 1823 には存在するといわれる。

ゲンゴロウダマシ科はイトミミズ類 Tubificidae の専食といわれる ( Balfour-Browne 1922 )。

オサムシモドキゲンゴロウ科はカワゲラ、カゲロウ、トンボの幼虫、落下昆虫を摂食し、共食いも見られる ( Dettner 2016 ) 。

*Hydrotrupes:マメゲンゴロウ亜科。北米西部に 1種、中国に 1種が知られる。湿岩種として著名。

**Hydrocanthus:新大陸に固有で、多くは新熱帯区に分布する。

消化管内容物

食性を調べるためゲンゴロウ科成虫の消化管内容物の調査も行われているが、意外なことに珪藻類、緑藻類、維管束植物片といった植物質が一定量検出されている ( Deding 1988 , Kehl and Dettner 2003 , Frelik 2014 )。こうした植物質は餌生物の消化管内にあったものが二次的に検出されたもの、あるいは餌生物摂食時に事故的に同時摂取したものと考えるのが一般的である。

これに対し Deding (1988) は餌生物由来にしては大きすぎ量も多いとして、植物質も自ら摂取している雑食性と考え、この傾向は Agabus undulatus (Schrank, 1776)Ilybius ater (De Geer, 1774) において顕著としている。 また、 Kehl and Dettner (2003) の調査では Agabus nebulosus (Forster, 1771) の消化管から糸状藻類の大きな塊だけが見つかる例があり、量的にも餌生物経由のものとは考えられず直接摂取したのは明らかと結論している。

なお Deding (1988) はコツブゲンゴロウ科のアナバネコツブゲンゴロウと Noterus crassicornis (O. F. Müller, 1776) についても調べていて、内容物はゲンゴロウ科と特に変わらず、ミジンコ類、ユスリカ幼虫が多く認められている。