基礎ゲンゴロウ学

ゲンゴロウの自然史

生活史

ゲンゴロウ類の生活史は一部の大型種などを除いてあまりわかっていない。 Nilsson (1986) は北欧の Agabini に対して次の 5つのタイプを報告している。

  1. 年一化、春産卵:夏幼虫、成虫越冬
  2. 年一化、夏-秋産卵:卵越冬
  3. 二年一化、春産卵:1年目卵越冬、2年目成虫越冬
  4. 二年一化、夏産卵:1年目幼虫越冬、2年目成虫越冬
  5. 柔軟繁殖型:幼虫、成虫で越冬

タイプ 1は温帯においてよく知られる種の多くにあてはまる。安定した環境では産卵は長く続き長期間幼虫が見られ、早春から産卵するグループには第 2化の可能性も指摘している。

タイプ 2とタイプ 3は長期休眠卵が特徴的で、タイプ 2は現在まで Agabus fuscipennis グループ*のみで知られている。このグループは夏に羽化した成虫が交尾、産卵の後、秋には死滅するらしい。

タイプ 3は春の融雪に伴ってできる池を主な生活の場としている種が該当しているようで、北欧では多くのマメゲンゴロウ属がこのタイプらしい。夏以降水が枯れるので産卵された卵は休眠し、翌春再び湛水すると孵化する。また、一部の種は羽化後翌春まで蛹室を出ないという ( Nilsson and Holmen 1995 ) 。国内では確認されていないが、オオクロマメゲンゴロウはカナダのオンタリオ州での観察によるとタイプ 3にあたるらしい ( James 1970 )。

タイプ 4はクロヒメゲンゴロウ属のみが該当し、終齢幼虫は水中で越冬し翌春蛹化。成虫は陸上越冬の場合が多く、冬季に水中には幼虫しか見られないことが多い。

タイプ 5は地域、環境によって繁殖期が異なるもの。

熱帯や亜熱帯などで年間を通して温暖で降水に恵まれていれば、多くの種が周年発生を繰り返す多化生であることが推察されるが、雨季と乾季がある場合はそのサイクルに合わせた生活史になっている例が報告されている ( Garcia et al. 1990 ) 。

高標高地や高緯度で雪解けが遅く、幼虫が1シーズン中に成長しきれずそのまま越冬する場合も考えられ、国内では大雪山のゲンゴロウモドキ Dytiscus dauricus に対して示唆されている( 昆野ほか 2001 )。

ゲンゴロウモドキ属は一般にタイプ 1に該当するが、 Nilsson and Holmen (1995) によると、 Dytiscus semisulcatus O. F. Müller, 1776 は主に秋に産卵し、幼虫は秋から春に見られるという。

産卵は水底にランダムにばら撒くタイプ、水中の落ち葉や石、植物の茎などに付着させるタイプ、水草の茎などに産卵管を刺し込んで産み込むタイプがある。

水中での産卵が基本だが、メススジゲンゴロウ属は上陸して産卵するらしく、Acilius sulcatus (Linnaeus, 1758) のデンマークにおける観察によると、卵は池の水面上 5cmのコケ、 75cmの浮いた樹皮下に見られた ( Wesenberg-Lund 1912 ) 。 また、ヤシャゲンゴロウは飼育観察下で主に水面上数cm~ 5cm程度の木片の窪みなどに産卵し、孵化した幼虫は自力で水中に移動したという( 奥野ほか 1996 )。

知られている幼虫は全て水生で、3齢を経て蛹化する。ただし 陸生ゲンゴロウ の幼虫が成虫同様陸生なのかという問題があるが、幼虫自体が未だ見つかっていない。

コツブゲンゴロウ科の幼虫は水底の泥中に生息し植物の根から酸素を得るといわれる。

一般に老熟幼虫は上陸し浅い土中に蛹室を作り蛹化するが、コツブゲンゴロウ科は水中に空気で満たされた繭を作りその中で蛹化するという。

地下水性ゲンゴロウは一部の種で幼虫は知られているが蛹についての知見は皆無。生活様式的に水中での蛹化も考えられ興味深い。

*Agabus fuscipennis グループ:全北区の主に北部から 5種が知られる。