ゲンゴロウ科
ケシゲンゴロウ亜科 Hydroporinae
10族からなり、日本産は 5族。メクラゲンゴロウ属は族不明。
幼虫の頭部には前方に伸びる角状突起があり大顎との併用でミジンコなどの補食に使われる ( Matta 1983 , Hayashi and Ohba 2018 ) 。
族 Bidessini
世界に 49属。日本産は 4属。
Allodessus Guignot, 1953
チャイロチビゲンゴロウ属
オーストラリアから日本にかけて 4種とイースタ-島(チリ)に 1種の小属。日本産 1種。
Allodessus megacephalus (Gschwendtner, 1931)
チャイロチビゲンゴロウ
中国南部、台湾、琉球列島~北海道(渡島半島)に分布し、海岸近くにのみ生息する。海流による分布拡散が暗示される ( Satô and Matsu-ura 1964 ) が、遠洋で検出されたという報告は聞かない。また 楠井・宮城 (2012) の観察にあるようにとてもよく飛ぶ種類らしいが、なぜ内陸に分布を拡大しないのか不明 (→ 塩性環境 )。なお、知られる最も内陸からの記録は 松井 (1997) が報告している海岸から15km以上離れた人工的流れの生息地と思われる。
属名として当初 Bidessus Sharp, 1882 、その後 Liodessus Guignot, 1939 が使われた。両属名とも現在も有効名だが、ともに国内には分布しない。
Hydroglyphus Motschulsky, 1853
チビゲンゴロウ属
長く Guignotus Houlbert, 1934 が使われたが、現在は上記属名のシノニムになっている。100年以上使われなかった名称なので遺失名とすべきという考えもあった ( 佐藤 1984b ) ようだが上記で定着している。
ユーラシア南部、アフリカ、オーストラリアから 90種余り記録されている。日本産 6種。
Hydroglyphus amamiensis (Satô, 1961)
アマミチビゲンゴロウ
Hydroglyphus japonicus (Sharp, 1873)
チビゲンゴロウ
前者は後者の亜種として記載されたが、 Nilsson et al. (1995) は独立種とした。
トカラ列島中之島と宝島の間に分布の境界があるとされるが、普通種ゆえに十分に検証されているとは言い難い。次種の例を鑑みればアマミチビゲンゴロウが本土で見出される可能性も考えられるだろう。
チビゲンゴロウは上翅斑紋の変異が著しいが、アマミチビゲンゴロウについては情報が乏しい。
Hydroglyphus flammulatus (Sharp, 1882)
アンピンチビゲンゴロウ
現在の日本領からは記録が無かったが、 上手ほか (2003) により八重山諸島で確認され、更に九州、四国、隠岐諸島等からも記録された。ただし本土の記録は単発ばかりで、極めてまれな在来種なのか、何らかの移動手段による侵入種なのか不明であった。ところが 2022年に福岡県の日本海側沿岸域で大発生が見られ ( 中島ほか 2023 ) 本種の起源の手掛かりになるかもしれず、今後の動向が注目される。
Leiodytes Guignot, 1936
マルチビゲンゴロウ属
Clypeodytes Régimbart, 1894 の亜属であったが現在は属として扱われている。 アフリカ中南部、インド、東南アジア、オーストラリア、中国南東部から日本にかけて 30種ほど知られる。日本産 4種。
Leiodytes frontalis (Sharp, 1884)
マルチビゲンゴロウ
本州、四国、九州;韓国。他に台湾からの古い記録があるがその後確認されていない。分布はかなり局地的だが生息地での個体数は多い。
斑紋、体長等が地域によって異なり分類学的検討が必要とされる ( 中島ほか 2020 ) 。
Leiodytes kyushuensis (Nakane, 1990)
ナガマルチビゲンゴロウ
Leiodytes miyamotoi (Nakane, 1990)
ホソマルチビゲンゴロウ
前者は鹿児島県産で記載の後、熊本、福岡、宮崎の九州各県と岡山県での記録があったが、その後大阪府、和歌山県からも報告され、兵庫県産の古い標本も確認された。後者は福岡県産で記載、熊本県、静岡県から知られていたが、こちらも最近京都府、群馬県で発見されている。どちらも大きく分断され、かつ限られた分布の種と考えられていたが、徐々にではあるが新産地が見つかっている。体長 2mm弱の微小種なので見過ごされていたものと思われるが、このあたりの事情はキボシチビコツブゲンゴロウと似ている。
Limbodessus Guignot, 1939
ナガチビゲンゴロウ属
80種ほど知られているがほとんどの種がオーストラリアの固有種で、その多くが地下水性。 Watts and Humphreys (2009) には 60種が地下水性種としてリストされている。
日本産1種。
Limbodessus compactus (Clark, 1862)
ナガチビゲンゴロウ
日本では Satô (1972) がトカラ中之島から Uvarus tokarensis Satô, 1972 として記載したが、上記種のシノニムとされた ( Balke and Satô 1995 ) 。国内では琉球列島に点々と分布。海外からはオーストラリア、ニューギニア、スンダ列島、フィリピンから知られるが中国、台湾からの記録はないもよう。こうした分布パターンはホソコツブゲンゴロウとよく似ている。
族 Hydroporini
Miller and Bergsten (2014) により 4亜族に分けられた。
- Deronectina
- Hydroporina
- Siettitiina
- Sternopriscina
世界に 52属、日本産は 2亜族で 5属。
以前より奇妙なグループとされていたアフリカの Canthyporus Zimmermann, 1919 と南米の Laccornellus Roughley & Wolfe, 1987 の 2属は 族 Laccornellini として分離された ( Miller and Bergsten 2014 ) 。
亜族 Deronectina
世界に 20属、日本産 4属。主に全北区の流水性種からなるが、一部の種は中米やアフリカ中南部にも分布する。
Fery and Ribera (2018) は本亜族を見直し、多くの新属を設けるなど分類的に大きな変更を行った。同時に分子系統では過去の解析 ( Ribera et al. 2008 , Miller and Bergsten 2014 ) と異なり Deronectes Sharp, 1882 が Hydoroporina の姉妹群という結果になり、今後の課題となるだろう。
Nebrioporus Régimbart, 1906
シマチビゲンゴロウ属
全北区とアフリカの一部に約 60種。
流水性ゲンゴロウを代表するグループだが、ヨーロッパの N. ceresyi (Aubé, 1838)、 N. baeticus (Schaum, 1864) の 2種は高塩分濃度の陸水に棲むことが知られる。
日本産の本属の種は Potamonectes Zimmermann, 1921 として知られていたが、 Nilsson and Angus (1992) は Deronectes グループ*の見直しを行い、一部の種を Stictotarsus Zimmermann, 1919 に、日本産全種を含む残りを Nebrioporus とした。
以前は亜属分けされていたが現在は使われない ( Toledo 2009 )。
*Deronectes グループ:現在の Deronectina に相当。
Nebrioporus anchoralis (Sharp, 1884)
チャイロシマチビゲンゴロウ
日本固有種で北海道と本州の中部以北に分布。オス前肢の爪が長く且つ不等長という顕著な特徴を持ち、メスを捕まえるための適応と考えられる。
形態的には中国の N. laticollis (Zimmermann, 1933), N. sichuanensis Hendrich & Mazzoldi, 1995 と近縁と思われる ( Toledo 1998 )。
Nebrioporus hostilis (Sharp, 1884)
コシマチビゲンゴロウ
Nebrioporus nipponicus (Takizawa, 1933)
ヒメシマチビゲンゴロウ
コシマチビゲンゴロウは "South Kiushiu" から、ヒメシマチビゲンゴロウは "Honshu (Tamagawa, Tokyo)" からそれぞれ記載されたが、その後長く両種は同一種と見なされてきた。
中根 (1990d) は霧島山えびの高原産と本州産を比べて♂前肢の爪に違いが見られ両種が別種であることを示唆し、 森・北山 (1993) は体型の違い等も含め明らかに区別できるとして別種と断定、以来別種として定着している。
国内では前者は九州南部、後者は本州、四国に分布し現在までの知見では混生地は知られていない。ここで注意しなければならないのは前述の経緯から1993年以前に本州、四国からコシマチビゲンゴロウ N. hostilis (= Potamonectes hostilis) として記録されたものはヒメシマチビゲンゴロウである可能性が極めて高い点である。引用には注意が必要。
一方海外ではコシマチビゲンゴロウの分布が中国、台湾、朝鮮半島、ロシア極東部なのに対し、ヒメシマチビゲンゴロウは日本特産とされる ( Nilsson and Hájek 2024b ) 。但し Lee and Ahn (2018) に韓国産 N. hostilis として図示される個体は体型的にはヒメシマチビゲンゴロウのように見え、海外での 森・北山 (1993) 定義によるヒメシマチビゲンゴロウの認知度の低さが暗示される。また本属を再検討した Toledo (2009) では、N. nipponicus を "Poorly known taxa" として検討対象から外している。このような現状を鑑みれば上記の海外分布は暫定的なものといわざるをえない。大陸産近縁種を含めた包括的見直しが必要。
Nebrioporus simplicipes (Sharp, 1884)
シマチビゲンゴロウ
国内では北海道、本州中部以北から知られるが本州での分布は限られる。海外からはサハリンから知られ、韓国の記録もあるようだが詳細不明。
Toledo (2009) は世界のシマチビゲンゴロウ属を見直しグループ分けを行ったが、本種は翅端前の歯状突起を欠きオス前肢の爪もシンプルで原始的な形態を持つと指摘しつつ、どのグループに属するかは不明とした。また Fery and Ribera (2018) でも解析に使われておらず系統関係は現状全くわかっていない。
Nectoporus Guignot, 1950
マルガタシマチビゲンゴロウ属
全北区に 9種。
長く Oreodytes Seidlitz, 1887 の中の一群とされてきたが、 Fery and Ribera (2018) はこの小型で丸みの強いグループを単系統と認め、北米の N. abbreviatus (Fall, 1923) に対して設けられた属名を有効名とした。
Nectoporus sanmarkii sanmarkii (C. R. Sahlberg, 1826)
マルガタシマチビゲンゴロウ
旧北区では北部に広く分布する。北米でも主にロッキー山脈沿いから記録されていたが、その大部分は近似の別種 N. obesus (LeConte, 1866) として分離され、本種は周極地方にわずかな生息地が知られるだけとなった。
斑紋の変異の大きい種だが、イベリア半島の個体群は亜種 N. sanmarkii alienus (Sharp, 1873) とされる。
Nilsson and Kholin (1994) は本州産 4♀を検し、後胸腹板、後基節の点刻が粗く、旧北区他地域のものと明らかに異なり分類的位置の検討が必要としている。
Neonectes J. Balfour-Browne, 1940
ゴマダラチビゲンゴロウ属
旧北区東部に 3種。
以前もこの属名が使われていたが、幼虫形態から Oreodytes Seidlitz, 1887 との類縁が指摘され ( Alarie et al. 1996 など) 、 Kholin and Nilsson (2000) 以来シノニムとして扱われていた。最近になって Fery and Ribera (2018) は Deronectina の見直しを行い再びこのグループを分離、 Neonectes の属名を復活させた。なお、命名者を Zimmermann とする場合があるが、この命名はタイプ種の指定が無いため不適格。
Neonectes natrix (Sharp, 1884)
ゴマダラチビゲンゴロウ
北海道、本州、四国。流水性種だが完全な止水の福井県夜叉ヶ池には安定して生息し、こうした例は他地では知られていない。
海外での分布は中国、朝鮮半島、ロシア極東。国内産と異なり大陸のものは前胸背板の黄白色紋が側縁で発達する。
Oreodytes Seidlitz, 1887
カノシマチビゲンゴロウ属
全北区に 14種。
Fery and Ribera (2018) によって従来この属に含められていた種は 6属に分けられ所属種数が半減した。日本産ではマルガタシマチビゲンゴロウ、ゴマダラチビゲンゴロウが分離されている。
Oreodytes kanoi (Kamiya, 1938)
カノシマチビゲンゴロウ
"Honshu (Kamikochi)" から記載され長く特産種とされてきたが、現在は中部以北の本州に点々と生息地が知られている。
Nilsson and Hájek (2024b) では日本固有種となっているが韓国に生息するという情報もある ( Jeong et al. 2010 )。
亜族 Hydroporina
世界に 6属、日本産 1属。止水性の北方系種からなるが、一部メキシコやフロリダまで分布する。
Hydroporus Clairville, 1806
ナガケシゲンゴロウ属
歴史の古い属で多くのグループが別属として分離されてきたが、現在も 190種ほどの大所帯。日本産は 9種とされる ( 森・北山 2002 ) が再検討が必要。
北米の Hydroporus polaris Fall, 1923 はエルズミーア島(カナダ)の北緯80°付近でも記録があり、最北のゲンゴロウ。
Hydroporus angusi Nilsson, 1990
アンガスナガケシゲンゴロウ
ロシアのバイカル湖付近から記載された後、ロシア極東部、中国吉林省、モンゴル、北海道から記録されている。北海道での生息地は一部の湿原のみ。
オス交尾器中央片は側縁が丸く張り出し側片先端部の形状とあわせ本属中でも特異。この特徴はヨーロッパ中北部からロシア西部に分布する Hydroporus neglectus Schaum, 1845 と共通で代置種関係と思われる。
Hydroporus fuscipennis Schaum, 1867
サロベツナガケシゲンゴロウ
全北区に分布し、国内では北海道、青森県から知られる。
Nilsson and Satô (1993) によると検した北海道産の平均体長は比較した他地域のものよりも明らかに大きかったという。
Hydroporus morio Aubé, 1838
ワタナベナガケシゲンゴロウ
全北区に分布し、国内では大雪山のみから知られる。
日本産は H. watanabei Takizawa, 1933 として知られていた。
Hydroporus tokui Satô, 1985
トウホクナガケシゲンゴロウ
宮城県から記載され、本州北東部と北海道渡島半島に分布。現状では海外からは知られておらず日本特産種。ただし極めて近縁と思われる Hydroporus hygrotoides Fery, 2000 が中国江西省、湖南省から記録されている。
種小名は渡部徳氏に献名されたもので "tohokui" ではない。
Hydroporus tristis (Paykull, 1798)
ラウスナガケシゲンゴロウ
全北区に分布。知られる国内の分布は北海道の知床から十勝にかけてのみだが情報が少なく、体型の似ているナガケシゲンゴロウ H. uenoi やウスイロナガケシゲンゴロウと混同されている可能性が高い。
上翅会合線やや後方を中心にした縦長の黒紋が特徴的。またナガケシゲンゴロウと比べると、赤味が強く、前胸背板は一様に黒い。こうした特徴は生時には明瞭だが標本にするとわかりづらくなる。
Hydroporus ijimai Nilsson & Nakane, 1993
ウスイロナガケシゲンゴロウ
Hydroporus uenoi Nakane, 1963
ナガケシゲンゴロウ
長野県から記載された H. uenoi に対し、 Nilsson and Nakane (1993) は北海道産の内、前胸背側縁の丸みが強いものを H. ijimai と命名して区別した。一方、 Nilsson and Satô (1993) はこの 2種は難解な複合種を成し、サイズ、色彩、微細印刻、体型の変異が大変大きく、かつ連続していて多くの個体を検討すると明瞭に区別できないとしている。 森・北山 (2002) では本州産を H. uenoi 、北海道産を H. ijimai としたが、本文中にも記されている通り便宜的といわざるを得ない。しかし国内で影響力の大きいこの図鑑の記述が一人歩きして単純に採集地から種名を当てることがまかり通っている。
上記の Nilsson and Satô (1993) が Hydroporus uenoi complex とした種群は日本の中部以北の他、中国、モンゴル、ロシア東部にも分布する ( Nilsson and Hájek 2024b ) らしく、複数の種が混同されている可能性が高い。 また中国四川省から記載されている Hydroporus nanpingensis Toledo & Mazzoldi, 1996 も恐らくこの複合種に含まれるだろう。
なお、地理的に隔絶しているがヨーロッパに広く分布する Hydroporus gyllenhalii Schiødte, 1841 もこれらの種に良く似ている。
H. uenoi が韓国に分布するという話しは以前からあったが最近になって正式に記録された ( Lee and Jung 2023 ) 。ただし図示された全形写真は体幅が広く本属の中でもかなりずんぐりした印象で日本産を見慣れた目からは奇異に感じる。また論文中で示された体長 3.9-4.5 mm はオオナガケシゲンゴロウに匹敵し、 Nilsson and Satô (1993) にある H. uenoi 3.3-3.4mm, H. ijimai 3.4-3.6mm から大きく外れる。
旧北区北部に広く分布するチャイロナガケシゲンゴロウ Hydroporus umbrosus (Gyllenhal, 1808) が北海道札幌から記録されている ( Takizawa 1933 ) が、標本を検した 森・北山 (2002) によるとやはりこの複合種の範疇のようで、誤同定と思われる。
族 Hydrovatini
マルケシゲンゴロウ属と Queda Sharp, 1882 の2属からなる。後者は南米北部の熱帯雨林に 3種のみ知られる。
Hydrovatus Motschulsky, 1853
マルケシゲンゴロウ属
世界の熱帯から亜熱帯にかけてと、温帯の一部に 200種以上分布する。ただし南米にはごく少数の種が見られるだけ。一方アフリカでは繁栄していて7割以上の種が分布している。
上翅端、腹端が突出する形態はゲンゴロウ類の中では特異で、同様の形態を持つ 族 Methlini* との関連が指摘された ( Wolfe 1988 ) こともあるが、近年の遺伝子研究では特に近縁というわけではなさそう ( Ribera et al. 2008 , Miller and Bergsten 2014 ) 。
腹端が本属以上に突出する 族 Methlini* の Celina Aubé, 1837 は、とがった腹端を水草の根や茎に挿し込み植物組織中から酸素を得ているのではないかと推測されている ( Hilsenhoff 1994 ) 。またコツブゲンゴロウ科のキボシチビコツブゲンゴロウでは飼育環境下で実際にそれらしき行動が観察されている ( Kudo and kojima 2010 ) 。本属の種も同様の呼吸法を行っている可能性もある。
本属には著しく触角が長く伸びた種がいるが遊泳にはじゃまになるだろう。また、後肢に比べて前、中肢が強壮で一部の地下水性種を彷彿させる種もあり、ほとんど遊泳せず匍匐生活をしているように思われる。上記のような水生植物に依存した呼吸法ならば空気交換のために水面に浮上、再び潜水の必要が無いので、こうした種は遊泳に適応した体型を放棄、匍匐生活に特化したとも考えられる。
*族 Methlini :ケシゲンゴロウ亜科。北米西部から南米北部の Celina Aubé, 1837 と、アフリカから西アジア、インドの Methles Sharp, 1882 の 2属からなる。
Hydrovatus subrotundatus Motschulsky, 1860
ヒメマルケシゲンゴロウ
本種は四国 "Shikoku (Iyo)" から 1♀で Hydrovatus japonicus Takizawa, 1933 として記載された後十分な検討がなされないままほとんどの図鑑やリストで無視されてきた。しかし原記載標本を検討した Watanabe and Biström (2020) は東洋区に広く分布し、国内からは記録の無い H. subrotundatus に該当すると結論した。
頭楯前縁が明瞭に縁取られるのが特徴とされてきたが、 森・北山 (2002) は多数の愛媛県、高知県産を検討した結果マルケシゲンゴロウと区別できるものは見つけられなかったという。このように今のところタイプ標本以外に国内からの記録は無く既に絶滅している可能性もある ( Watanabe and Biström 2020 ) 。
Hydrovatus subtilis Sharp, 1882
マルケシゲンゴロウ
東京 "Honshyu: Tokyo, [Musashi.]" を原記載地に Hydrovatus adachii Kamiya, 1932 として記載、記録されたが 佐藤 (1984b) はこれを東南アジアから知られる H. subtilis のシノニムとし、国内では本州から南西諸島まで広く分布するとした。これに対し南西諸島のマルケシゲンゴロウ属を再検討した Watanabe et al. (2020) は過去に本種として記録されたもののうち検証できたものはすべて他種の誤同定であり、南西諸島における本種の分布に疑問を呈した。また、 Watanabe and Biström (2022) は本土部(離島含む)で H. subtilis とされていたものを検証した結果、酷似した未記載種であるとしオニギリマルケシゲンゴロウの名で記載した。これにより本土部でも H. subtilis の分布は疑問視されることとなった。
ここで問題になるのは戦火で失われたとされる H. adachii のタイプ標本で、行方不明なため現在の知見に基づいた検証ができていない。上記の通り H. adachii は H. subtilis のシノニムとされているので結果として⸺その真偽を確かめる術がないまま⸺ H. subtilis の国内唯一の分布根拠となってしまっている。 H. adachii が実際にどの種に該当するのか、 佐藤 (1984b) の処理通り H. subtilis と同種なのか、現状では不明だが、少なくとも国内における H. subtilis は分布疑問種として扱っておくのが妥当だろう。
族 Hygrotini
ユーラシア、アフリカ、北米に分布する。約 140種。
本族は最近まで 4~ 5属が認められていたが、 Villastrigo et al. (2017) は 2属にまとめた。
( Coelambus については下記参照。)
- (Coelambus Thomson, 1860)
- Heroceras Guignot, 1950
- Herophydrus Sharp, 1880
- Hygrotus Stephens, 1828
- Hyphoporus Sharp, 1880
⇩
- Clemnius Villastrigo, Ribera, Manuel, Millán & Fery, 2017
- Hygrotus Stephens, 1828
Clemnius はユーラシアに広く分布する 1種と北米の 7種の小属。日本産は Hygrotus のみ。
Hygrotus Stephens, 1828
キタマダラチビゲンゴロウ属
Coelambus は Hygrotus の亜属とするか、別属かの論争が続いていた。
森・北山 (2002) や Miller and Bergsten (2016) は別属としていたが、一般的には亜属とするのが主流だった ( Nilsson and Holmen 1995 など ) 。
上記 Villastrigo et al. (2017) は Hygrotus を 4つの亜属に分けた。
- H. (Coelambus) Thomson, 1860
- Hygrotus s. str.
- H. (Hyphoporus) Sharp, 1880
- H. (Leptolambus) Villastrigo, Ribera, Manuel, Millán & Fery, 2017
日本産は 4種で、 Hygrotus s. str. と H. (Leptolambus) の2亜属。
海外には汽水域や塩湖に生息する種も多い。
Hygrotus chinensis (Sharp, 1882)
シマケシゲンゴロウ
北海道、本州、九州。韓国、中国、ロシア沿海州。
Hygrotus impressopunctatus (Schaller, 1783)
カラフトシマケシゲンゴロウ
北海道。全北区。
両種とも Coelambus(Hygrotus の亜属か別属かによらず)とされてきたが、上記の変更の結果ともに H. (Leptolambus) となった。
カラフトシマケシゲンゴロウは国内では北海道のみから知られるが、広域分布種なので本州や九州にいないとも限らない。
シマケシゲンゴロウの原記載地は中国江西省で、東京上野 "Junsai, Uyeno, Tokio" から記載された Coelambus vittatus Sharp, 1884 はシノニムとされる。
Hygrotus inaequalis (Fabricius, 1777)
キタマダラチビゲンゴロウ
旧北区に広く分布する。 Hygrotus s. str. 。
Hygrotus rufus (Clark, 1863)
タマケシゲンゴロウ
Herophydrus Sharp, 1880 として知られてきたが、 Hygrotus s. str. となった。
族 Hyphydrini
世界の熱帯から温帯に 14属 420種程知られる。日本産 4属。
本族として扱われることが多かった新大陸熱帯域の Pachydrus Sharp, 1882 とアフリカの Heterhydrus Fairmaire, 1869 は族 Pachydrini として分けられている。
Allopachria Zimmermann, 1924
キボシケシゲンゴロウ属
北海道から南西諸島、インド北部、東南アジア、中国から 50種近く知られる。
日本産は Hyphydrus や Microdytes として記載されたが、後に Nipponhydrus Guignot, 1954 が設けられ、しばらくの間日本固有属とされていた。しかし Nilsson and Wewalka (1994) はこれを Allopachria のシノニムとした。
なお Allopachria の性別は女性なので属名の変更に伴い種小名も以前の男性形から女性形に変わっている。
Allopachria flavomaculata (Kamiya, 1938)
キボシケシゲンゴロウ
"Honshu (Tokyo [Tamagawa], Yamato [Ikemine]), Kyushu (Goto [Fukuejima])" 産を基に記載されたがこれらの標本は戦災で焼失し、岐阜県 "Wara-gawa" 産でネオタイプが指定されている ( Wewalka 2000 )。
上翅斑紋に変異があり、 佐藤 (1958) は上翅会合線にそった小黄色紋を欠くものには f. kumozuensis、上翅肩部の黄色紋を残すだけで、後方の 2黄色紋を欠くものには f. narusei の型名を付けている。 森・北山 (2002) によると屋久島産は全て narusei タイプらしい。
Dimitshydrus S. Uéno, 1996
メクラケシゲンゴロウ属
現在の所愛媛県の 1か所だけから、1種のみ知られる。地下水性種。
Dimitshydrus typhlops S. Uéno, 1996
メクラケシゲンゴロウ
発見当初は唯一の Hyphydrini の地下水性種として注目されたが、その後中国海南島から Microdytes trontelji Wewalka, Ribera & Balke, 2007 が記載されている。
Hyphydrus Illiger, 1802
ケシゲンゴロウ属
ユーラシア、アフリカ、オーストラリアに広く分布するが、シベリア地域にはいない模様。新大陸には代わって、体型は似るが小型の Desmopachria Babington, 1842 が分布する。世界に約 140種。日本産5種。
丸く、ぽってりと分厚い体型は水の抵抗が大きく遊泳に適さないように思えるが、クルクルと自在に、そして機敏に泳ぎ回る。
Hyphydrus japonicus japonicus Sharp, 1873
ケシゲンゴロウ
北海道~九州。水田やため池など身近な水域で普通に見られたが、 2000年代以降激減した。
海外ではロシア極東、朝鮮半島、中国に分布するが、中国、朝鮮半島のものは亜種 H. japonicus vagus Brinck, 1943 とされる。
Hyphydrus laeviventris Sharp, 1882
ヒメケシゲンゴロウ
近縁のケシゲンゴロウは水田やため池でよく見られるが、本種はより貧栄養な水域を好むらしい。また上翅の暗褐色紋の発達具合には変異が見られ、北日本ではこの紋が大きく発達して全体的に黒っぽく見える個体が多いように感じる。
日本固有種。北海道渡島半島から九州まで分布するが、北海道と青森県のものは亜種 H. laeviventris tsugaru Nakane, 1993 として分けられている。
Hyphydrus lyratus lyratus Swartz, 1808
タイワンケシゲンゴロウ
インドから東南アジア、中国、オーストラリア。 4亜種に分けられ日本産は基亜種とされる。
オスの腹部腹板第 3節中央に後方に向いた突起がある。恐らく交尾の際に使われるものと思われるが、本属中はもとよりゲンゴロウ科全体の中でも特異。
Microdytes J. Balfour-Browne, 1946
チビケシゲンゴロウ属
日本の南西諸島、中国、東南アジア、インドから約 50種知られる。
中国海南島から知られる M. trontelji Wewalka, Ribera & Balke, 2007 は洞窟内の水流から発見された地下水性種。
Microdytes uenoi Satô, 1972
ウエノチビケシゲンゴロウ
西表島から記載されたが、最近奄美大島からも見つかった。海外では台湾から中国南部に広く分布する。
族不明
Morimotoa S. Uéno, 1957
メクラゲンゴロウ属
族 Hydroporini として記載されたが地下生活で単純化した形態もあり議論も多く、 Uéno (1996) は族 Hydroporini としつつ結論は将来の研究に委ねるとし、 Nilsson and Hájek (2024b) 等では族不明として扱われている。 分子系統解析が待たれる。
地下水性の日本固有属。近畿と四国から 5種が記載されている。
Morimotoa miurai S. Uéno, 1957
ミウラメクラゲンゴロウ
Morimotoa phreatica S. Uéno, 1957
メクラゲンゴロウ
前者は後者の亜種として記載されたが Yanagi and Nomura, (2021) によって独立種とされ、姫路市では同所的に見られるという。また京都市産は従来ミウラメクラゲンゴロウとされていたが形態的にやや異なり未記載種の可能性も指摘されている ( Yanagi and Nomura, 2021 ) 。
>ケシゲンゴロウ亜科