基礎ゲンゴロウ学

ゲンゴロウの自然史

泳法

成虫

ゲンゴロウは水中生活に高度に適応しているとされ、その根拠として流線型の体型や独特の呼吸法などがあげられるが、直感的にすぐに思い浮かぶのはやはりその優れた遊泳力だろう。 左右の後肢を同時に動かし水中をスイスイと自在に、時に素早く、時に悠然と泳ぎ回る姿は貫禄すら感じさせる。 一方、系統的にはかなり離れているものの同じく水中遊泳生活をする甲虫としてよく引き合いに出されるのがガムシである。ガムシの泳法は地上を歩くようにバタバタと交互に足を動かし遊泳速度も遅く、ゲンゴロウに比べて水中生活への適応度が低いといわれる所以でもある。

実際これらのことは大型種を含むゲンゴロウ属とガムシ属の泳いでいる姿を見れば一目瞭然なのだが、実のところ少なくとも一部の小型ゲンゴロウは素早くエレガントな泳ぎに見えてガムシ同様左右の足を交互に動かして泳いでいる。 須藤ほか (2007) は高速度ビデオカメラを使いゲンゴロウ、マルコガタノゲンゴロウ、チビゲンゴロウの遊泳を解析し、左右の後肢を同期して水を漕ぐ前2種に対しチビゲンゴロウは後肢は同期せず交互に水を漕ぐことを確認している。

トウホクナガケシゲンゴロウ
後肢を交互に動かして泳ぐトウホクナガケシゲンゴロウ

その後この分野の研究は進んでいないようだが、ナガケシゲンゴロウ属はチビゲンゴロウ同様交互型、ケシゲンゴロウ属は同期型のようで同じケシゲンゴロウ亜科の中でもグループによって泳法が異なっているらしい。また、交互型の泳法の種は後肢で推進力を得る際、反対側の前中肢を使い体が回転するのを相殺している。これはガムシなど交互型の泳法の種と同様である。

ゲンゴロウ科以外ではゲンゴロウダマシ科が交互型、オサムシモドキゲンゴロウ科が遊泳能力がないのはよく知られている。湿岩種である Aspidytidae は遊泳毛が欠如していることもあり遊泳はしないと考えられる ( Ribera et al. 2002 ) 。 Meruidae はガムシ類小型種と同様のようで基本的に遊泳せず、偶然水面に浮きあがってしまった際には水底に戻ろうとして足を交互に動かしたという ( Dettner 2016 ) 。

一方、コツブゲンゴロウ科では祖先的グループは交互型で派生的グループは同期型といわれている ( Ribera et al. 2002 ) がこのあたりははっきりしない。

独特な泳法としてはツブゲンゴロウ属があげられる。この仲間は普段はとてもゆっくり遊泳しているが、驚いた時には瞬間的に跳ねるようにして逃げる。このゆっくりとした遊泳の際、後肢は折りたたんだままであまり使用していないように見える。そして危険を感じると発達した後肢をバネのように使って大推力を得ているのだろう。このグループは網で捕まえた際ピンピン跳ねまわるが、これも同様な後肢の使い方と考えられる。

ゲンゴロウ類の中には発達した前中肢に比べ後肢が貧弱な種がマルケシゲンゴロウ属や地下水性種の一部に見られる。交互型、同期型どちらの泳法でも推力を生むメインは後肢で、後肢が貧弱というのは不自然に感じられる。どのような適応の結果これらの種はこうした形質に進化したのだろうか?

ゲンゴロウ類の前中肢の使用法として交互型泳法でバランスをとる例を上記したが、より一般的には交尾の際にオスがメスを捕らえる場合や獲物の捕獲、また水底や水草などの基質につかまり静止する場合が思い浮かぶ。この最後の基質につかまる際だが、後肢は遊泳に特化し把握力に欠けるため前中肢のみで基質を掴み、特に使い道のない後肢は後方に浮かべる姿勢を取ることとなる。もしも遊泳を放棄し二次的に匍匐生活に移行する種があったなら匍匐に使う前中肢に対し後肢は全く使わず退化してゆくことが考えられる。発達した前中肢と貧弱な後肢を持つ種はこのような進化を経て生まれたのかもしれない。実際に地下水性のメクラケシゲンゴロウ(この種は後肢が前中肢と比べて貧弱ということはないが)は遊泳能力もあるが基本的には前中肢 4脚を使っての歩行で移動するという ( Uéno 1996 ) 。

幼虫

幼虫の泳法についての知見は乏しく個人的な観察も不足している。

ゲンゴロウ属やゲンゴロウモドキ属といった大型種の初齢幼虫は基質につかまって静止していることが多いが、終齢幼虫は活発に遊泳する。シマゲンゴロウ、マルガタゲンゴロウ、メススジゲンゴロウの幼虫もよく泳ぐが、これら大型、中型種の成虫が同期型泳法なのに対し幼虫は歩行の延長のように 6本の足を前後左右とも交互に動かして推進する。

なおこれらの種の幼虫は危険を感じると体をくねらせ跳ねるように逃げる様子も見られる。ただしこの泳法は瞬間的な移動に限り連続推進に使われることはない。

交互型泳法のチャイロシマチビゲンゴロウ幼虫
泳ぐチャイロシマチビゲンゴロウ幼虫

小型種であるケシゲンゴロウ亜科幼虫は水底で静止と匍匐移動を繰り返していて遊泳の印象があまりないが、チャイロシマチビゲンゴロウ幼虫は水底を這いまわりつつ時々宙返りするように泳ぎあがるのが見られる。その際はやはり交互型の泳法であった。

このようにゲンゴロウ類幼虫は大型、中型種は遊泳が得意で小型種はほとんど泳がない傾向があるが、実は小型種の中でも一段と小さいチビゲンゴロウ幼虫はとてもよく遊泳する。水中を緩やかに、そして直線的に進んでゆくのだが、よく見ると体の軸を中心に旋回しながら泳ぐという他種の泳法からは全く連想できない泳ぎ方をしているのがわかる。 ただしこうした旋回しながら前進するという動きを生むためにどのように足を動かしているのかは不明で、こうした泳法が族 Bidessini に共通なのか、特定のグループに限られるのかも今のところ確認できていない。また、この泳法のメリットも不明だが、微小種ゆえの流体力学的利点があるとも考えられる。