基礎ゲンゴロウ学

ゲンゴロウの自然史

呼吸

二次的に水中に進出した生物にとって最も問題になるのは呼吸だろう。ゲンゴロウ類はこの点でユニークな進化をしている。

上翅下の気室

一般的にゲンゴロウの成虫は遊泳したり水底に潜ったり水中を自在に移動するのが特徴だが、そのために上翅と腹部背面の間の空洞を呼吸用の空気をためる気室として利用している。ためた空気は腹部背面両側にある気門を通して体内の気管、そして組織に運ばれる。

この気室内の空気は当然いつまでも使えるものではなく、酸素の消費に伴って水面に浮上して交換することになるが、その息継ぎは尾端を水面上に突き出して行う。しかし体長数mmから数cmのゲンゴロウにとって水面の表面張力を破るのは必ずしも容易ではなく、それを可能にしているのが尾端にある撥水性の毛で水面の幕を破ったうえ、その状態を維持するように働く。

浮上して空気交換を行うサイクルは種にもよるが当然酸素の消費量に依存し、水温や活動量の多寡で変わってくる。 水面が凍結するような寒冷地でも氷下で越冬する種は多く、大きく代謝が下がった状態では水上の空気に依存しないで、以下に記すような水中の溶存酸素を利用する方法だけで過ごしていると考えられる。

尾端気泡

ケシゲンゴロウ尾端気泡
尾端に気泡を付けるケシゲンゴロウ

上記の通り、上翅下の気室にためた空気は酸素の消費に伴い交換の必要があるのだが、水中にいるゲンゴロウでよく見られる尾端の気泡がこのサイクルを長くするのに貢献している。

この気泡は上翅下気室からはみ出した空気だが、周囲の水と直接接触しているので気泡内の酸素分圧が下がると水中の溶存酸素が内部に流れ込み始める。これによって当初蓄えていた分以上の酸素が利用でき、より長く潜水していることが可能になる。一方、代謝によって生じた二酸化炭素は水によく溶けるので水中へ排出されてゆくが、同時に空気の主成分である窒素もゆっくり溶出する。結果として気泡は時間とともに縮小して表面積が減り、十分な酸素の取り込みもできなくなるので結局は水面への浮上が必要になってくるのは変わらない。

この気泡による溶存酸素の取り込みをプラストロン呼吸と誤解している解説がしばしば見られるが、プラストロンとは気泡ではなく密生した微毛で維持される空気の薄膜のことで、マツモムシの体表やガムシの腹面、水中に入ったハシリグモの仲間などに見られる。この薄膜は水中の溶存酸素を取り込む理屈は同じだが、気泡と違って微毛で維持されているので時間とともに縮小することはない。

細孔呼吸

溶存酸素の多い水中に棲む一部の小型種は水面での空気交換をほとんど、あるいは全く行わない。これらの種は上翅内の気管が発達していて、そこからつながる微細孔が上翅表面に散布されている(種によっては腹面や腿節にも同様の細孔がある)が、どうやらそれらの細孔あるいはそれに付属する刺毛から水中の溶存酸素を取り込んでいるらしい ( Kehl and Dettner 2009 , Madsen 2012 ) 。

こうした呼吸法は水面での空気交換を全く行わない地下水性の種において上翅内の気管が太く、本数も多くなることから Smrž (1981) によって提唱された。ただし非常に繊細な生体現象なので具体的な物理行程は解明されていない ( Madsen 2012 )。

植物組織からの摂取

コツブゲンゴロウ属の幼虫は水底の泥の中に生息しているためそもそも観察例がほとんどないが、尾端を植物に差し込んで組織中の酸素を利用するという ( Dettner 2016) 。こうした呼吸法はヌマカの幼虫でよく知られている。

ゲンゴロウ類成虫でも、極端に突出した尾端を持つ Celina* Aubé, 1837 の種に対して示唆されていて ( Hilsenhoff 1994 ) 、コツブゲンゴロウ科のキボシチビコツブゲンゴロウでは実際にそれらしき行動が観察されている ( Kudo and kojima 2010 ) 。

*Celina:ケシゲンゴロウ亜科。北米西部から南米北部に34種が知られる。

気管鰓

ゲンゴロウ類で明瞭なエラを持つのは北米の Coptotomus* Say, 1830 の幼虫と ゲンゴロウダマシ科 の幼虫のみ。前者は腹部の側縁、後者は胸部から腹部の下面に発達した管状の気管鰓を持つ。

*Coptotomus:亜科 Coptotominae。北米に5種。

幼虫

エゾゲンゴロウモドキ幼虫
尾端の気門から空気交換するエゾゲンゴロウモドキ終齢幼虫

一般的な幼虫はある程度の大型種なら尾端の気門を水面に出して発達した気管に空気をためる。一方、小型種や小さな若齢幼虫は水面に浮上することがなく、表皮から直接水中の酸素を取り込んでいると考えられている。