ゲンゴロウ科
ゲンゴロウモドキ亜科 Dytiscinae
5族からなる。日本産 4族。日本に産しないのは南米の族 Aubehydrini で 1属 2種の小族。
本亜科にはゲンゴロウ属が所属していたことから長くゲンゴロウ亜科の和名で親しまれてきたのだが、 Millar and Bergsten (2014) によってゲンゴロウ属が別亜科 Cybistrinae として分けられ和名に不都合が生じることとなった。これに対し 中島ほか (2020) は明言していないものの Dytiscinae の和名としてゲンゴロウモドキ亜科を新称している。今後再びゲンゴロウ属が Dytiscinae に戻される可能性もあるが Dytiscinae のタイプ属がゲンゴロウモドキ属であることを考えればゲンゴロウモドキ亜科という和名は妥当で、当サイトもこれに従うこととする。
族 Aciliini
7属。日本からは 4属の記録があるが、そのうちの 1属は記録疑問種によるもの。
Acilius Leach, 1817
メススジゲンゴロウ属
全北区の種だが新旧両大陸にまたがって分布する種は知られていない。 Bergsten and Miller 2005 によって見直されていて、 2亜属 13種としている。
- Acilius s. str.
- A. (Homoeolytrus) Gobert, 1874
A. (Homoeolytrus) は地中海西部周辺の Acilius duvergeri Gobert, 1874 1種のみからなる。
国内では寒冷地のゲンゴロウというイメージが強いが亜熱帯のフロリダにも分布し必ずしもそのようなグループというわけではない。
一般に本属のメスは上翅に剛毛を伴う縦溝を各 4条具えるが、ゲンゴロウモドキ属とは異なり同一種内に溝の有るメスと無いメスが両方現れる例は知られていない。
Acilius s. str. の中でメス上翅縦溝が無いのは日本のヤシャゲンゴロウと北米の Acilius mediatus (Say, 1823) 、 Acilius fraternus (Harris, 1828) の 3種。
現在までの知見では、上陸して産卵する唯一のゲンゴロウ ( Wesenberg-Lund 1912 ) 。
幼虫はマルガタゲンゴロウ属と共にゲンゴロウ類の中では珍しい浮遊遊泳型でプランクトンタイプの獲物を捕食する。この生活型のため魚類の格好の餌食になり魚類のいる池では繁殖できない。
Acilius japonicus Brinck, 1939
メススジゲンゴロウ
Acilius kishii Nakane, 1963
ヤシャゲンゴロウ
前者は本州中部以北に見られる日本固有種だが、メスは上翅に縦溝を具え、溝の無いメスは知られていない。一方後者は福井県の一か所の池のみで知られ、メスもオス同様に上翅の縦溝が無い。この 2種はメス上翅の縦溝以外は交尾器も含めて差が認められず、遺伝子の差もメススジゲンゴロウの種内変異の範囲に収まってしまう ( Bergsten and Miller 2007 ) 。ただし Bergsten and Miller (2005) は同じ型(メス上翅縦溝の有無)が同所的に現れなく、分布エリアも完全に隔絶されていることから別種であることを支持している。
旧北区に広く分布する Acilius sulcatus (Linnaeus, 1758) はこの両種に近縁で沿海州、サハリンの記録もあり、代置種関係と思われる。
Graphoderus Dejean, 1833
マルガタゲンゴロウ属
全北区に 12種。新旧両大陸にまたがって分布する種はないが外見的に極めて良く似た種があり再検討が望まれる。国内からは 2種が知られる。
幼虫はメススジゲンゴロウ属同様浮遊遊泳型でプランクトンタイプの獲物を捕食する。
Graphoderus adamsii Clark, 1864
マルガタゲンゴロウ
国内では北海道から九州に分布するが北海道産はやや大きく、外形の丸みが強い。また上翅の黒色部が広がり黒味が強くなる。こうした変異は以前から指摘されているが検討されていない。
国外では中国東部、朝鮮半島、極東ロシアから知られる。
Graphoderus elatus Sharp, 1882
カラフトマルガタゲンゴロウ
日本産は Graphoderus zonatus (Hoppe, 1795) の学名で知られていたが、 Holmgren et al. (2016) により分離され上記学名を当てられた。分布は東シベリア、中国、モンゴル、極東ロシアなどだが、新北区の Graphoderus perplexus Sharp, 1882 と類似性が高い。
また、 G. zonatus には遺伝的多型とも考えられる亜種 G. zonatus verrucifer (C. R. Sahlberg, 1824) が知られるが G. elatus にも該当する型が存在する。その扱いは曖昧なままになっている。
Rhantaticus Sharp, 1880
マダラゲンゴロウ属
1属 1種でアフリカから西アジア、インド、東南アジア、オーストラリアまで広く分布する。
オオマダラゲンゴロウ属と形態的な差が小さく、最近の分子系統解析でも姉妹群とされた ( Bukontaite et al. 2014 ) 。
Rhantaticus congestus (Klug, 1833)
マダラゲンゴロウ
現在の日本領からは知られていなかったが、南大東島から記録された( 野村 1991 )。ただし最近の記録は無い( 環境省編 2015 )。
地域により遺伝的にかなり異なっているようで複数の種に分けられる可能性がある ( Bukontaite et al. 2014 ) 。
Sandracottus Sharp, 1882
オオマダラゲンゴロウ属
東洋区からオーストラリアに 17種が知られる。
Sandracottus mixtus (Blanchard, 1843)
オオマダラゲンゴロウ
国内では Sharp (1884) が "Higo" から記録したがその後の記録は無い。 採集地の誤記とも考えられるが、韓国にも分布する ( Lee et al. 2014 ) こと、同じ南方系のスジゲンゴロウやマダラゲンゴロウが国内から姿を消したことを考え合わせると一概に否定もできない。
国外での分布はインド、東南アジア、中国、韓国。なお、S. hunteri (Crotch, 1872) は本種のシノニム。
族 Dytiscini
Sharp (1882) は既に本族をゲンゴロウモドキ属とオーストラリアの Hyderodes Hope, 1838 の 2属としていた。この 2属の類縁は一時否定されていた ( Millar 2000 など) が、その後の分子系統解析で再び同族とされている ( Millar and Bergsten 2014 ) 。
Dytiscus Linnaeus, 1758
ゲンゴロウモドキ属
全北区に分布し、ゲンゴロウ属が主に熱帯域を中心とした低緯度地域で分化し、南半球にも見られるのとは相補的。
ゲンゴロウ科の中でもゲンゴロウ属と並ぶ大型種からなり、それゆえ多くの学名が与えられ混乱してきたが Roughley (1990) によってグローバルな見直しが行われ世界に 27種とされた。現在この分類が主流として通用しているが分子系統解析は行われておらず疑問も残る。
以前は2亜属に分けられていたが現在は使われない。
一般にゲンゴロウモドキ属メスの上翅にはオスと変わらない平滑型と各 10条の条溝を具える縦溝型があり、これらは種によってどちらか一方に決まっている場合と、両方の型が出現する場合がある。これは遺伝的二型と考えられ、最近の研究によると、条溝はメスが交尾の際にオスに捕まりにくくなるように進化した 性的対立 によるものと考えられるようになってきている。
Dytiscus dauricus Gebler, 1832
ゲンゴロウモドキ
バイカル湖以東のロシアや中国東北部など旧北区東部のほか新北区にも広く分布する。国内では北海道に普通で青森県でも記録されているが、日本産は大陸産と異なるともされる。
Zaitzev (1953) は D. dauricus の解説の中で北海道根室産の 1頭について触れ、体下面の暗色部は D. dauricus 同様だが後基節突起は Dytiscus circumcinctus Ahrens, 1811 のように太短く、さらに両者と異なり頭部の赤色紋の発達が悪く、上翅後半部の点刻が小さく疎であることから明らかに別種とした。 Roughley (1990) はこの件を鑑みてか D. dauricus の記述で日本産について全く触れず、分布図からもはずしている。
中根 (1986) は北海道広尾産とサハリン産のオス交尾器にも差があることを指摘し、 中根 (1990b) で亜種 D. dauricus zaitzevi Nakane, 1990 として記載した。
森・北山 (2002) は北海道各地の多くの個体を検しオス交尾器には変異があり後基節突起も Roughley (1990) の示した図と比較して明瞭な差が無いとしたが、実際に大陸産標本との比較はしていないようで判断を保留している。
Dytiscus marginalis czerskii Zaitzev, 1953
エゾゲンゴロウモドキ
Roughley (1990) はロシア極東部から記載された Dytiscus czerskii をオス交尾器の類似性からヨーロッパに広く分布する Dytiscus marginalis Linnaeus, 1758 と同一種で、体下面の黒色紋が発達する亜種とした。具体的な差異としては、体下面が広く黄褐色の基亜種に対し、後胸腹板の黒紋が発達し腹部腹板第 6節は広く黒化、第 2節前縁も多くの個体で広く帯状に黒化することと読み取れる。検した範囲では中間的なタイプはなく、分布は異所的で、日本もこの亜種のエリアに含めている。 森・北山 (1993) はこの処置を採用し以降国内でも定着しているが、日本産は腹部腹板に黒紋が発現しないものが多く基亜種に近い印象を受ける。
国内では中部以北の本州と北海道の一部に分布。原記載はロシア沿海州で、韓国北部でも確認されている。中国に関しては Nilsson (1995) に記述があるが、最近の記録は無いようで真偽不明。サハリン、千島からは未発見 ( Nilsson and Kholin 1994 , Nilsson et al. 1997 )。 Roughley (1990) の分布図ではバイカル湖で基亜種と分布が接している。
Zaitzev (1953) , Roughley (1990) ではメスは全て縦溝型だったというが、国内の一部からは平滑型メスが記録されている ( 高橋 1993 など)。
佐藤 (1984b) はロシア沿海州とその周辺から知られる Dytiscus delictus (Zaitzev, 1906) を青森県から報告しキタゲンゴロウモドキと名付けたが、本種の誤同定と考えられる ( 中根 1990c など )。
Dytiscus sharpi Wehncke, 1875
シャープゲンゴロウモドキ
本州(佐渡を含む)のみに分布するが地理的に隔てられた 2つの個体群に分けられ、分類的にやや問題がある。
本属メスの上翅条溝の発現率は地理的に変化することが多いが、本種のうち南関東以外の個体群では上翅条溝が基部から 2/3程度まで伸びる通常の縦溝型のみが知られる。これに対し、南関東の個体群ではメス条溝が基部から中ほどまで伸びるものから、ほとんど認められず平滑型といえるようなものまで連続した変異になっている。両者はメスの上翅条溝以外の形質では識別できない。
こうした 2つの個体群に分けることができるが、学名としてはまず 1875年に Dytiscus sharpi Wehncke が記載された。原記載地は詳細が記されていないものの、メス上翅条溝が短いようで南関東の個体群に該当する。次に、 1899年に D. validus Régimbart が滋賀県の長浜 (Japon: Nagahama) から記載され、こちらは南関東以外の個体群を代表する。
しかし、一般にゲンゴロウモドキ属メス上翅条溝の変異は遺伝的多型にすぎず種を分ける形質にはならないと考えられていて、本種の 2つの個体群についても 佐藤 (1984) は便宜的に両者を亜種関係とし、 森・北山 (2002) は同一種とした。その後遺伝子の比較も行われたが、対象範囲内では明瞭な差は認められていない ( Nagata et al. 2018 ) 。このように現状ではこれら 2つの個体群は同一種として扱うのが一般的で、その場合の学名は先取権のある Dytiscus sharpi Wehncke, 1875 になる。
ただし上記の通り本種の南関東個体群は条溝の明瞭なものから平滑型といえるものまで変異が連続している。こうした例は他種には見られず、世界のゲンゴロウモドキ属の中でも独特の進化をしたユニークな存在で、ゲンゴロウ類の多型や進化を考える上でも重要だろう。
族 Eretini
ハイイロゲンゴロウ属 1属からなる。
Eretes Laporte, 1833
ハイイロゲンゴロウ属
旧北区南部、東洋区、オーストラリア、アフリカに広く分布するが、新大陸では中米とその周辺にのみ分布。
長くオーストラリアの Eretes australis (Erichson, 1842) とそれ以外の地域の Eretes sticticus (Linnaeus, 1767) の 2種と考えられてきたが、交尾器の形態から後者は 3種に分けられた ( Millar 2002 ) 。 E. australis 以外の 3種は交尾器でしか識別できず、また E. sticticus と E. griseus はアフリカから西アジアと広い範囲で同所的に分布するが、 Bukontaite et al. (2014) によると遺伝子的にも明瞭に識別できるようだ。
Eretes griseus (Fabricius, 1781)
ハイイロゲンゴロウ
国内での分布は、本州から南西諸島とされてきたが、最近は北海道の記録も出ている( 山川 2003 など)。ただし本州中部以北の寒冷地での分布は不安定で、夏季に移動分散するが越冬できずに死滅しているのかもしれない。
まれに強く黒化した個体がある( 荒井 2006 )ようで、言及されていないが 芝 (1998) に図示された個体も同様に見える。
本種が強い飛翔力を持ち水面から直接飛び立つことができるのは国内では有名で、このことに初めて触れたのは 森・北山 (1993) と思われる。但し本種のこの習性は海外では知られていないようで、 Miller (2013) において Hygrotus salinarius (Wallis, 1924) で観察されたのが世界初で唯一の水面から直接飛び立つゲンゴロウ類の報告とされている( Miller and Bergsten 2016 ) 。
族 Hydaticini
本族は従来 2属で構成され、その内の Hydaticus が 4亜属に分けられていた。
- Hydaticus Leach, 1817
- H. (Guignotites) Brinck, 1943
- H. (Hydaticinus) Guignot, 1950
- Hydaticus s. str.
- H. (Pleurodytes) Régimbart, 1899
- Prodaticus Sharp, 1882
Miller et al. (2009) は遺伝子、形態に基く系統解析を行い Hydaticus の亜属は Hydaticus s. str. 以外全て Prodaticus のシノニムとしたが、結果として元々 2種だけだった Prodaticus が 130種と Hydaticini の大部分を占めることとなった。この大規模な分類的変更は評判が悪く、現在は Prodaticus sensu Millar et al. を Hydaticus の亜属として扱うのが一般的で、 Miller 自身もこの処置に従っている ( Miller and Bergsten 2014 )。
Hydaticus Leach, 1817
シマゲンゴロウ属
上記の通り現状では次の 2亜属と考えるのが一般的。
- Hydaticus s. str.
- H. (Prodaticus) Sharp, 1882
日本産はオオシマゲンゴロウだけが Hydaticus s. str. で、他は H. (Prodaticus) 。
本属の大部分の種はオス前肢の跗節に発音器官があり求愛に使われると推測されているが、現在まで実際に観察されたことは無く真偽は不明。
Hydaticus grammicus (Germar, 1827)
コシマゲンゴロウ
日本の本土部では水田に普通で、プールに迷い込んだり灯火に飛来したものもよく見かける本属中最も馴染み深い種であった。しかし 2000年ころを境に激減。減少率はかなり大きいと思われるが、ヒメゲンゴロウ同様かつての普通種のイメージに引きずられてかレッドリストに名前を見かけることはほぼ無い。
Hydaticus pacificus conspersus Régimbart, 1899
オオイチモンジシマゲンゴロウ
変異の大きい種だが国内だけでも分類的扱いが混迷した。
国内産は H. pacificus Aubé, 1838 もしくはその亜種 H. pacificus conspersus として扱われてきたが、 中根 (1990a) は本州産を H. pacificus とは別種として H. conspersus 、さらに八重山産をH. pacificus sakishimanus Nakane, 1990 とした。 森・北山 (1993) はこれを踏襲したが、 森・北山 (2002) では本州産を H. pacificus conspersus に戻し両者を再び亜種関係とした。
Wewalka (2016) は H. pacificus グループ sensu Wewalka のレヴィジョンで H. pacificus を 4亜種に分け、日本産は全て H. pacificus conspersus とした。
現在知られている国内の分布は、東北、関東、近畿、沖縄島、八重山と極めて分断されているが、古い文献には愛知県 ( Kamiya 1938 ) や中国地方 ( 松村 1935 ) の名が出てくるので比較的最近までもっと普遍的に分布していた可能性もある。
海外の分布は Wewalka (2016) によると、亜種 H. pacificus conspersus は韓国、台湾、中国山東省に、 H. pacificus 全体では他に、フィリピンを除く東南アジアと中国雲南省となっている。フィリピンには代置種 Hydaticus zetteli Wewalka, 2016 が分布する。
Hydaticus bipunctatus Wehncke, 1876
スジゲンゴロウ
東南アジアから南アジア、オーストラリアにかけて類似種が多く変異も大きいこのグル-プは分類が混乱してきた。
本種は以前 Hydaticus vittatus (Fabricius, 1775) として知られていたが、 Wewalka (1975) は未記載種であるとして Hydaticus satoi Wewalka, 1975 と命名。国内(Unzen Shimabara)産をホロタイプとした記載で決着したかに思えたが、 Wewalka (2020) はフィリピンから記載され、タイプ標本が行方不明で正体が不明確であった Hydaticus bipunctatus Wehncke, 1876 のシンタイプと思われる標本を発見しレクトタイプ指定し、検討の結果 H. satoi はシノニムとした。
なお、オマーンから H. satoi の亜種として知られていた H. satoi dhofarensis Pederzani, 2003 もその後 H. bipunctatus のシノニムとされている ( Hájek et al. 2021 ) 。
国内では、関東以西、九州まで記録があり標本も確実に残っているものの近年の記録が無く、絶滅種とされている( 環境省編 2015 )。
Hydaticus thermonectoides Sharp, 1884
マダラシマゲンゴロウ
国内では本州中央部での分布が知られていたが、福岡県での古い標本が見つかり過去には九州にも分布していたことが判明した ( Nakajima and Nomura 2010 ) 。海外では韓国、中国から知られている。
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