基礎ゲンゴロウ学

日本未記録の科

国内でゲンゴロウといえばゲンゴロウ科とコツブゲンゴロウ科の総称だが、この 2つの科はゲンゴロウ上科 Dytiscoidea に含まれ、他に日本には分布していない 4つの科が現存している。形態的に一般的なゲンゴロウ類とかけ離れたものもあるが、この 6科のメンバーが「世界のゲンゴロウ」と考えられる。

日本から見つかっていない 4科はいずれも 1~ 6種が所属するだけの小科で、世界的に大きく分断した分布を示すものが多い。

Aspidytidae と Meruidae は今のところ定まった和名が無い。

オサムシモドキゲンゴロウ科 Amphizoidae

Amphizoa LeConte, 1853

カナダ、アメリカの西海岸沿い~ロッキー山脈周辺に 3種。中国四川省、吉林省付近に各 1種。計 5種が知られる。

体長 11~ 15mm。低水温の流水域で石や流木にしがみついて生活し、遊泳能力は無く、時に岸辺にも見られる。また、ヒメドロムシ類のような外観にもかかわらず成虫、幼虫ともに空気交換のために水面を訪れ、成虫は尾端に気泡をつけるという。

成虫、幼虫とも肉食でトビケラ幼虫などの水生昆虫を捕食する。

北米

  • Amphizoa insolens LeConte, 1853
  • Amphizoa lecontei Mathews, 1872
  • Amphizoa striata Van Dyke, 1927

中国

  • Amphizoa davidis Lucas, 1882 四川省
  • Amphizoa sinica Yu & Stork, 1991 吉林省、北朝鮮

Aspidytidae

南アフリカ、中国に各 1種。鉛直に近い岩壁を伝う深さ数mmの水流に生息する。

南アフリカでは道路脇の崖などでも見られるが、中国で知られる生息地は 1か所のみ。

形態的によく似た両種だが Toussaint et al. (2016a) による分子系統では単系統性に疑問が持たれ取りあえず 2属に分けられた。ただし、その後のより詳細な解析によるとどうやら分子でも単系統で間違いないらしい ( Vasilikopoulos et al. 2019 ) 。

Aspidytes Ribera, Beutel, Balke & Vogler, 2002

Aspidytes niobe Ribera, Beutel, Balke & Vogler, 2002

南アフリカ、体長 6.5–7.2 mm*

Sinaspidytes Balke, Beutel & Ribera, 2016

Sinaspidytes wrasei (Balke, Ribera & Beutel, 2003)

中国陝西省、体長 4.5–5.2 mm*

*体長は Toussaint et al. (2016a) より引用。

Meruidae

コツブゲンゴロウ科に近縁で、ゲンゴロウ上科の残りの科と姉妹群を成すと考えられている。

Meru Spangler & Steiner, 2005

前方に長い頭部、左右非対称な大顎、くし状の爪など特異な形態を持つ。

meru は現地語で滝の意。

Meru phyllisae Spangler & Steiner, 2005

南米ベネズエラのみから知られ、体長 0.85–0.90 mm* 程しかなくゲンゴロウ上科最小の種。様々な流水環境から得られている ( Spangler and Steiner 2005 ) が、 Alarie et al. (2011) は巨大な露岩上の浅く弱い水流から多数の成虫と共に幼虫も採集している。

後翅には長翅型、短翅型の二型が見られ、翅脈は減少傾向で長い縁毛が目立つ。これらの特徴は粘食亜目のツブミズムシ類に類似するが恐らく微小種としての収斂と思われる ( Spangler and Steiner 2005 ) 。

*体長は Spangler and Steiner (2005) より引用。

ゲンゴロウダマシ科 Paelobiidae (Hygrobiidae)

科名として長く Hygrobiidae が使われてきたが Nilsson (2005) は Paelobiidae に先取権があり有効であるとした。しかしこれは広く受け入れられておらず、両名が併存する現状となっている。

Hygrobia Latreille, 1804

体長 10mm前後。低地の池に棲みよく泳ぎ、交互型の 泳法 で知られる。

H. hermanni の幼虫はイトミミズ類 Tubificidae を専食、成虫はユスリカ幼虫など広く底性無脊椎動物を捕食する ( Balfour-Browne 1922 ) 。

ゲンゴロウ類では珍しく幼虫の胸部、腹部下面に管状のエラがある。また、成虫を刺激すると腹部と上翅内側をこすり合わせキーキー発音する(→ 外部リンク )ため英名は screech beetles (または squeak beetles) という。

旧北区西部

  • Hygrobia hermanni (Fabricius, 1775)

古くからよく知られた種。一部地域では分布が拡大していて温暖化の影響ともいわれている。

中国江西省

  • Hygrobia davidi Bedel, 1883

原記載以降記録が無いようで既に絶滅している可能性もある。

オーストラリア

  • Hygrobia australasiae (Clark, 1862)
  • Hygrobia maculata Britton, 1981
  • Hygrobia nigra (Clark, 1862)
  • Hygrobia wattsi Hendrich, 2001

オーストラリアには 4種が産するがいずれも希少で、泥炭湿地の排水による乾燥化、急激な塩性化など生息環境の悪化も懸念されている ( Hendrich 2001 ) 。